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リバース

『リバース』

原稿用紙40枚

何気に次回掲載『リバース』なんて書いてしまっていましたね……。ということで載せてみました。書いたのは『とらんすまいぐれーしょん』の次です。比較的新しい作品なんですが、どうもその実感がわきません。なぜか。妙に愛着が薄いようです。

私はSFが好きでよく読みます。この作品は初挑戦の本格SFなんですが、そのせいかあまり自分自身高く評価することができないようです。好きなジャンル故にもっと面白い話があるってわかりきったことを思ってしまうわけですね。

本格SFはこれからも挑戦してみたいと思います。

以下本文

『リバース』


 今年の冬は暖かかった。一月頃であれば雪が降ることもある。それなのに今年は雪が降ることなく冬が去った。三月の今となれば浴びる者に汗をかかせるほどの日光が降り注ぎ、桜は満開である。ある学者に言わせれば、正確には桜ではないらしい。気温の変化により発生した亜種であるとのことだが、俺にはその違いがよく分からない。
 世間では地球温暖化の影響だと騒いでいるが、正直そんなことはどうでもいい。温暖化したところで地球が灼熱の世界になる訳でもなく、こうして寒かった冬が少し暖かくなったくらいのものだ。それはむしろ良いことではないかとさえ思える。雪があまり降らなくなったが、もっと北に行けば降っている。適材適所という言葉があるじゃないか。何も心配しなくていい。
 ただ人間というものはもともと心配性なのだろう。それであって子どものように無責任でもある。いやそれらは一緒にはできない。心配性の人間が何かをつくり、無責任な人間はただ騒ぐ。何年か前に石油が枯渇したとかいうニュースをやっていた。テレビでは無能そうなタレントが、人間の無駄遣いはついに極限に達し環境を破壊しつくした、なんてことを言っていたことを覚えている。しかし、それが何を生んだというのだろうか。人類の危機となる害悪がどこに発生したというのだろう。必然的にコンビニのポリエチレンだった袋は、ニューラテックス製になった。その程度のものだ。無責任に騒ぐことではない。


 一陣の風になびき、シタシタとコンビニ袋が独特の音を立てた。前を見ればホバーが高速で通り過ぎていた。しばらくその背に反射する太陽光が目に入り、しばらくしてそれも見えなくなった。
 ホバーは格好いい。ニューラテックスはポリエチレンの代用に過ぎない。だがホバーは石油枯渇が生んだ最高の新発明だ。車体は五十センチだけ地面より上にあり、空気循環、つまり風の力で浮いたまま進む。昔の人が想像した未来の車とはちょっと違うかもしれない。彼らが空飛ぶ車を未来に想像したならば、今俺の横を通り過ぎたホバーは空滑る車だ。なにもプロペラが回ったり、羽ばたいたりはしない。
 今時の男は大学在籍中に免許を取って当然。俺もあと一年でホバーの免許が取れる歳だ。ホバーの免許は二十歳で取ることができる。そしたらすぐにでも免許を取って乗り回そう。風を切って走り去ったホバーを見送り、俺はそんなことを心に決めた。
 
 ◆


 その後、三台ほどのホバーに追い抜かれた時のことだった。俺は背中にとてつもない衝撃を感じた。凄まじい勢いで俺は後ろから跳ね飛ばされたらしいのだ。少なくとも、その時はそう思った。何の前触れもなく、それらしい音もなかった。しかし衝撃は本物で、何が起こったのか考える暇もなく視界は黒で埋め尽くされてしまった。痛みさえ感じる間もなく、俺は気を失ってしまったのだろうか。脳みそをかき混ぜられるような振動を感じた。
 ここである違和感を感じた。確かにもの凄い衝撃があり、目の前は真っ暗になった。だがこれはどういうことなのだろうか。変に意識がはっきりとしている。事実、今こうして色々と考えているわけである。気を失った訳ではないらしい。
 指に力を入れてみる。指はグーとパーを繰り返し、終いにはチョキを形作った。視界は真っ暗でも感覚がそう告げた。
 つまり真っ暗なのは俺の気ではなく、この空間そのものが真っ暗なのだ。だとすればここはどこなのだろう。俺は明るい太陽の下、なにもその光を遮るものがない歩道を歩いていただけだ。こんな闇の中にいた覚えはない。ホバーに跳ね飛ばされて気絶したのだと、最初は思った。ところが意識はしっかりしているし、跳ねられたとしても俺は歩道か道路に横たわっていることだろう。真っ暗闇にいるなんておかしいじゃないか。
 それとも、こういうことだろうか。俺は実際ホバーにぶつかり意識を失った。そして目覚めた今は夜であり、気絶していた時間を一瞬に感じた。
 いや、そんなことはない。第一体のどこも痛くないのだ。ホバーに衝突してここまで無事にいられるだろうか。運動量保存則を持ち出さなくても、それはもう常識的に無事で済むはずがない。
 だとしたら、だとしたらなんだ。訳が分からない。そうだ、これ以上考えても無駄だ。俺は暗闇の中立ち上がった。手を触覚のように突き出し、感覚だけを頼りに進もうとした。ここがあの世や妄想の中でない限り、真っ暗である以上は閉鎖的な空間のはずだ。
 すると二三歩踏み出すだけで手は何かにふれた。何かは分からないが、それは固く、少なくとも人や動物ではないようだ。暗闇の中に何か得体の知れない怪物がいるのではないか。そんなことさえ考えていたが、どうやらそれは金属のようであった。指先が感じたひんやりとした感覚が俺にそう告げた。
 向きを変えてみても同じだった。どうやらここはかなり狭いらしい。立ち上がっても頭をぶつけないため、天井はそこそこの高さである。広さは俺が最初横たわっていて、歩けばすぐに手をぶつける所から、およそ一般的サイズのベッドくらいか。もしくは何かに手を触れて広さを勘違いしているかもしれない。
 人間の聴覚なんてたかがしれている。耳を澄ましてみるが、最初は気休めにもならなかった。全くの無音で、耳鳴りさえもうるさく聞こえる。どこか異次元に隔離されてしまったのか。愚かな想像すら抱かせるほどの静けさが広がっている。
 ところがしばらくして、金属がぶつかり合うような、そんな音が聞こえた。音量そのものは大きくなかったことだと思うが、無音の世界に響く金属音は殊更に大きく耳に入った。
 そして続いて聞こえる音。床に何かがぶつかる音、いやそれは紛れもなく足音だった。そう長くは聞こえなかったが、扉一つ隔てたくらいの距離に響いていた。確実に何か、いや誰かが近づいている。俺は思わず後ずさりして、背後の金属にもたれた。それでも金属が動かない所から、これは壁であると判断した。つまり逃げ場はない。
 人間が来るのか。そう思った俺は、恐怖か希望かどっちを先に感じていいのか戸惑った。人間ならこの状況を説明してくれるかもしれない。しかし、悪意をもって俺をここに閉じこめたなら、どういうことになるのか想像に難くない。前者であることを祈った。
 そして今度は目の前で大きな音が立てられた。そうか扉があったのか。瞬時にそう思った時には、目の前は光で覆い尽くされていた。闇に慣れた目には絶えられない。反射的に腕で眼を隠す。
 何者かが自分を閉じこめた部屋の扉を開けたのだ。眩しさからそれを実感した。その誰かを確かめるため、光に慣れない目を無理にこじ開け、目の前の人物を見据えた。
 そして俺は拍子抜けすることになった。逆行に映える人物、それは俺よりも背が低く奇抜な服装に身を包んだ女だった。いや女の子なのか。どっちとも取れず、どうも年齢を感じさせない容姿をしている。銀色を基調としたボンテージファッションが引き締まった体を包み込んでいる。女性の特徴を物語る膨らみの他に、鎖骨や横腹のあたりに半円形の突起がついている。それがどういう機能を持つのかよく分からない。髪の毛は毒々しいほど真っ赤で、それだけ見れば厚化粧のけばけばしい女が連想される。ところがその下に目を向けると化粧が濃いわけでもなく、どこかまだあどけなさの残る顔立ちをしているのだ。どうにもちぐはぐな印象だが、俺と同じくらいの年齢なのだろうか。
 いや、今はそんなことはどうでもいい。この女が黙って興味深げに俺を見ているのだが、これはどういうことだ。しばらく何かを喋ろうとして失敗した。あっ、と声を出そうものなら何か反応してくれたらいいのに、彼女は俺を観察することに一生懸命であるのだ。そして床に落ちていたコンビニ袋、確かにさっきまで俺が買い物していたことを表すアイテムを拾い上げ、ニカッと笑った。
「ニューラテックス製のコンビニ袋だから、三十七年より後。それに三十八年の四月に潰れたコンビニチェーン店ファミリーストアー、通称ファミストの袋ということで。うん、わかった。二千三十七年一月から三十八年の四月まで! どう、当たった?」
 袋をシタシタ言わせて早口にそういった。何なんだ一体。コンビニ袋なんか今どうでもいいだろう。それよりも
「ちょっと待ってくれ。そんなことより、ここはどこなんだ。なんで俺をこんなところに」「ここはタイムマシンの貨物室。で、あなたがここにいるのは偶然。はいっ、答えた」
「答えになってない。タイムマシンってのは」
 いきなり非現実的な単語を用いられても困る。仮にそれが本当だとしてもだ。詳しい説明を求めようとしたが、女の言葉に遮られた。
「だめだめ。あたしは質問に答えたのだから、次はあなたの番。はいっ答えて。あなたは二千三十七年から三十八年の四月の間にいた、あってる?」
 女はつかつかと金属の床を音立てて歩み寄った。少なくとも問いの意味は分かる。だが、それで何が得られるのか分からない。時間の浪費たる雑談にも劣る問いだ。それでも女は眼を輝かせ、真剣に、いやむしろこの問いを楽しんでいるかのようである。
「ああ、確かに三十八年の三月。あってると言えば、あってる」
 このまま怪訝顔をしていても埒があかない。一応女の問いに答えてみる。すると女は
「当たり! まあ、当然のことよね。一人前の時間旅行家ならこのくらいの推理はできて当たり前」
 どこか勝ち誇ったような言い方だ。この問答のどこに喜ぶべきポイントがあったというのだろうか。いや、それより時間旅行家だって? さっきのタイムマシンといい、この女の言うことはどうにも現実を飛躍している。
「どういうことなんだ」
 混乱というよりも、もどかしさを感じた。
「だからここはタイムマシン。あたしは時間旅行家。いい加減分かってよ」
 それを聞いて俺は小さく舌打ちをした。自己陶酔気味にそんなことを言われて信じられるはずがない。それよりもだ。俺は女の後ろから差し込む光に目をやった。
 ここから抜け出して、確かめるのが一番早い。赤い髪の横を抜け、俺は早足に歩みを進めた。女はそれを制することなく、俺についてきた。全く何がしたいのか分からない。
 部屋の外には短い廊下があった。壁はくすんだ銀色である。すぐに突き当たり、そこには再びドアがあった。とってのようなものはなく、近づけば開いた。そんなありふれた自動ドアをためらうことなく潜ると、急にどっと安心感が訪れるのであった。
 その部屋は運転席のようだった。スペースの中央には椅子があり、その前にはハンドル、三種類ほどのペダルが足下にある。ホバーの運転席と何ら変わらない空間だった。
 いや今は運転席など問題ではない。フロントガラスの先にある景色だ。
 斜め右に伸びるまっすぐの道路にホバーが飛び交っていた。そしてその道路はとても見慣れていたのだ。歩いて五分、コンビニまでの道。歩き慣れた道路と歩道。それらが太陽の光に照らされ、陽気な昼間を演出していた。しかし、それにはどこか違和感があるような気がした。なぜかは分からない。
「何のために俺を閉じこめたのかは知らないが」
 後ろの女に俺は振り返らずに言った。
「帰らせてもらう」
 そして俺は左手のドアを開け放った。外の空気を肌に感じる。なぜか少し暖かい気がした。そして地面に足をつけ、辺りを見渡した時、おかしなものを見てしまったのだ。
「なんだよ、あれ。あんな所に……」
 さっきまでそこにはコンビニがあったはずだ。行き慣れたファミスト。それがどこにも見あたらなかった。その代わりに倉庫のような建物がそこにはあった。なんの変哲もない倉庫のようだ。それなのに、俺にはとても気味の悪いものに見えた。
 これが違和感の正体か。いや、これだけではない。よく見れば街路樹の様子が違っていた。コンビニだけでなく、所々建物が別なものになっている。そして今俺の横を通り過ぎたホバーは、見たこともないデザインだった。
「帰れない、帰れない」
 後ろから女が呆れた声で言った。鼻につく言い方だが仕方がない。確かにその通りだ。知らない景色に確信してしまった。ここでは帰れない、帰る所なんかない。
 その時また知らないホバーが走り去った。
 後ろで女がにこやかに手招きしている。悔しいが従わなければならない。
「んーと、あなたを拾っちゃったから急いで止めたんだけど」
 運転席らしき部屋に入り、ドアを閉めた後、女は小さな画面を見ながら言った。俺もそれをのぞき見る。そこにはいくつかの数字とアルファベットが並んでいた。
「二千四十一年の三月十日だね。時刻はわかんない。急停止はよくないからね。昼間ってことは外見りゃわかるけど」
「二千四十一年か。三年後だな」
 俺は冷静に言った。景色を見て少しずつある仮説に至った。いや仮説というにはあまりにも条件が整い過ぎているではないか。これは確信だ。女はタイムマシンと言った。信じない訳にはいかない。外の景色が変わっている。ここがどこか別の街であるという可能性もあるかもしれない。だがそれは否定しなければならないのだ。確かに知らない建物がある。だが、知っている建物の方が格段に多く、何よりもこの歩き慣れた道を見間違えるはずがない。
 すると女は俺の肩をポンと叩き、笑った。
「その通り、偉い。過去人に理解させるのは難しいって習ったけどさ、それも年代によるってこったね。代替科学全盛期、しかも学生みたいだし、分かって当然かな」
 褒められているのか、馬鹿にされているのかよくわからない。とりあえず俺の今置かれている状況はこれでわかったというわけだ。タイムマシンに乗せられて三年後へ行った。そういうことなのだろう。しかし、なぜだ。未来人に乗せてくれと頼んだ覚えはない。そうだ、あの衝撃。あれはなんだったというのだろうか。
 太陽差し込む運転席で改めて女の顔を見た。髪だけ見ればえらく品がないが、若々しいつやのある肌に薄化粧はむしろ好印象である。この状況を楽しんでいるかのような笑顔は、不覚にも可愛いとさえ思ってしまった。
「困ってる、困ってる。そりゃあね。あたしだってびっくり。こんなことってあるんだぁ、ってね」
「困ってますよ。まず、君は何なんだ」
「あたしは時間旅行家、名前ならシータ」
 それを聞いて質問の仕方が間違ったと分かった。シータとかいう女のことより、やはり俺がここにいる理由が知りたい。シータにそれを訊く。
「それはね、あたしにとっては一種の事故のようなものなのよ」
 そんな前置きをしてシータの説明が始まった。半ば衒学的に語られる彼女の説明は所々無駄な知識が混じったため、理解し難かったが、それを要約すると次のようなものになる。


 タイムマシンはその名の通り時間を移動する乗り物である。時間を移動するというのは、異なる時代に瞬間移動するのではない。タイムマシンは時間の流れ、その中を進むのである。つまり、各時代の空間にほんの一瞬その姿を現し通過するという。これをウェルズ式タイムマシンと言うらしい。ウェルズとは大昔に『タイム・マシン』という小説を書いた作者の名である。その中に出てきた理論に近いためそう名付けられたとのことだ。文学というものに縁のない俺にはピンと来なかった。
 タイムマシンは時間移動と空間移動を別々に行う。時間移動はボタン一つで簡単な作業らしいが、その時間移動の際に俺は閉じこめられたというのだ。
 さて、俺が貨物室に閉じこめられた理由、その根底にある原理はこういうことらしい。時間の流れを高速に突っ切るタイムマシンであるが、紛れもなく通過したすべての時間にほんの一瞬ではあるが存在したことになるのだ。ここで俺は一瞬現れるという矛盾を指摘した。各時間に一瞬現れるということだが、時間には最小単位というものがない。つまりいくら一瞬を積み重ねても、それが極限的に短くなればちっとも時間が進まないではないかと。シータはそれをブレッドのパラドクスと言って、解決済みだと嘲った。どう解決されているのか気になったが、それよりも本題が重要であるため、この問題は会話の端にやった。
 俺が歩いていた所にもタイムマシンは瞬間的に現れた。そして運悪く俺とタイムマシンの貨物室とが重なったというのだ。しかし、それだけでは本来支障ないらしい。タイムマシンにはそういった衝突は当たり前だというのだ。それもそうだろう。時間移動して何かにぶつからないはずがない。それをシータは次元分離といった。簡単に言えば、互いに物理的な干渉をしないとのことだ。タイムマシンの機能らしい。
「ところが」
 とシータは言葉を強めた。ごくまれに次元分離が行われず、物理的な衝突があるらしい。タイムマシンの故障によるという。そして俺はタイムマシンに衝突したというわけだ。
「一秒、いやいや一瞬でもずれてたら衝突はしなかったのよ」
 タイムマシンはそれほど短い間しか空間に存在しないという。そしてさらに、運が悪かったら俺もシータも無事では済まなかった。運良く何もない貨物室と俺が重なったおかげで、俺は助かった。あの時感じた衝撃は、貨物室の壁に背中をぶつけたものだった。もし制御コンピュータと重なっていたら、コンピュータは大破し、俺は潰されていたことだろう。シータはそんなことをさらっと言って笑った。そして
「運任せと度胸は時間旅行家の専売特許なのよ」
 シータは付け加えて言った。偶然が悪い偶然だったら死んでいた。そんなことを聞かされたあとに、冗談めいたことを言って欲しくないものだ。だが、助かって良かったという安堵と、元の時代にはすぐに帰れるというシータの言葉に、俺もつられて笑った。次元分離装置の故障はすでに直したというから、どうやら無事に帰れそうだ。
 その時、道路をまた一台のホバーが猛スピードで飛び去った。それをフロントガラス越しに目撃して、思わず俺は目を疑った。ホバーそのものはなんら珍しい姿をしていたわけではない。見たことのないデザインだが、それは当然である。そんなことはどうでもいい。問題は姿じゃない、高さだ。ホバーの高さは五十センチ、もしくは古い型だと三十センチが基準である。少なくとも俺の中の常識はそうだった。だがあれはどうだ! まるで超低空を飛行するジェット機のように、およそ三メートルほどの高さを飛んでいったのだ。
「あら、三百二十ホバーが珍しい?」
「三百二十か、まさに空飛ぶ車だな」
 そういうと当てつけのようにまた一台空飛ぶ車は通りすぎていった。その下に五十ホバーが地をはうように進んでいる。妙にその姿は情けなく、俺は苦笑した。
「三十ホバーはもう走ってないようだな。三年で随分変わるものだ」
「三百二十ホバーが出現したのは二千四十年からよ。一年たってもう十分一般にも普及してる時代だね、今は」
 時代という言葉が強調された。
「シータ、まさか君がこの時代の人間だなんてことはないだろう。随分昔の事に詳しいんだな」
「航時免許とるのに近代文化のお勉強は必須なのよ。タイムマシンの運転なんてね、技術よりも責任がつきまとうんだから。それはもうすんごく賢くないと動かせないわけ。ただ動かすだけなら誰でもできちゃうから」
 俺の皮肉にシータは自信満々な返答をした。どこか勝ち誇った言い方だ。シータにとって俺は昔の人間であり、俺との会話は子どもの相手に等しいのかもしれない。かといって年下ならそれらしく話して欲しいものだ。最初は妙な頭の色と暗かったこともあって年齢がよく分からなかったが、こうして明るい所で見れば、体型や顔つきから俺より一つ二つ年下であるような印象を受けた。赤い髪とおかしな服装を除けば、高校生といって不自然な所はない。
「まあ、いい」
 自分に言い聞かせるように言った。年齢はさておき、ここでは完全に俺の立場はシータよりも下だ。一発くらい小突きたくなる衝動に駆られたが、彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。こんな所に置いてきぼりをくらったらどうなることやら。
 こんなところ? そういえばここは三年後の世界か。よく考えてみたらすごいことだな。白昼堂々タイムスリップ。漫画で見慣れた状況も、こうして自分のこととなるとどうしたものか。喜んでいられるほど楽天家ではないため、困惑するしかない。
 また一台三百二十ホバーが通り過ぎた。それが俺の好奇心を煽った。同時に困惑は払拭された。三年後の世界、ちょっとくらい探検してみても良いかもしれない。無論、未来世界に対する漠然とした恐怖は感じていた。だが、空飛ぶ車が喚起した好奇心はそれを上回っていた。たかが三年だけである。近未来というより、これはいわゆる予定の範囲内ではないだろうか。タイムスリップというにはあまりにも短い年月に安心感を覚えた。事実、目の前には見知った歩道が延びている。
「ちょっと、散歩してみてもいいかな」
 するとシータはわざとらしく頭を抱えてみせた。
「過去人に対して歴史干渉しちゃいけないんだけどね、あっこれは航時法第七条に書いてある。でもあなたがここにいること事態イレギュラーなんだから、もう一つイレギュラーが重なったところで誰も文句いわないっしょ。てことでオッケーっ!」
 そんなことを早口に言って、シータはドアを開けて見せた。すると生暖かい風が肌に触れた。散った桜の花びらが風に乗っていた。
 外の空気は三年前より暖かかった。三年間で地球温暖化はこんなにも進んだのだ、と無能な人間は言うかも知れない。ところがこれはたかが気候、元々変化するものである。暖かい日も寒い日もあるのだ。シータにつられて俺も心の中で衒学的になってみた。
 シータに一言お礼を言いつつ、暖かな日差しの元に歩み出た。三年後の地面に再び足をつける。今度は三年間のタイムトラベルを意識してみた。そうはいっても、踏み慣れた歩道の感触はまさしくそのままで、いつもの靴でいつもの道を歩くこととなんら違いはないように思えた。するとまた空飛ぶ車が飛び去って、俺は刹那の間妙な感覚にとらわれるのであった。
 まっすぐの歩道を進む。例のコンビニが倉庫になり、他にも見慣れない建物が目に入った。ところが見慣れた景色が視界の大半を埋め尽くしていることには変わりなく、未来に来たという実感はあっても、その面白さは感じられなかった。
 むしろ俺の興味はシータにあった。タイムマシンの運転手というのだ。この赤い髪をした若い女が! いったいどのくらい未来の人なのだろう。未来ではタイムマシンの運転は一般的なのだろうか、それとも金持ちだけの特権なのだろうか。年齢制限や免許はどうだ。そういえば、免許についてはシータの話に出てきた。どの程度かは知らないが、勉強しないと取れないと言う。その知識をひけらかすさまを見ると、シータは免許取り立てなのかもしれない。そうではなくシータの気質そのものである可能性も捨てきれないが。
「タイムマシンのことを教えてくれって言うのは贅沢だろうか」
 立ち止まって言ってみた。すると
「贅沢、贅沢。それは無理。歴史干渉云々よりもタイムマシンの秘密は漏らしてはいけないのよ。これは航時法第二条ね」
「そうか。でも、シータはどうしてタイムマシンに? 過去人間の俺にしては随分ご立派な趣味に思えるが」
「趣味じゃなくて、仕事ね。貨物室見たでしょ。荷物運んでるのよ。あっ、これ以上は言えない。でも立派ってのはあってるかな」
 俺は適当な相槌をした。確かにシータの話は興味深かったが、どうにも現実離れしすぎていて、もっと知りたいという欲求は訪れなかった。題名すら聞いたことのないSF映画について語られても面白くないのと一緒だろう。
 ゆっくりと歩き、今一度三年後の世界を見渡す。するともうひとつ異変に気づいた。信号機が違うのだ。俺の知っている信号は赤、黄、緑の三色だった。今交差点に光っている信号はこうだ。従来の三色は確かに仕事を続けている。それに加えて。上下左右の青矢印が光ったり、消えたりしている。上や下というのは見たことがなかった。さらに設置位置は従来よりも二倍ほど高くなっていた。
「あらら、今度は信号機が珍しいですか」
 馬鹿にしたようにシータは言った。俺は立ち止まって眺めていたらしい。言い方は憎らしいが否定はしない。時間旅行家としての知識とやらに甘んじよう。
 背後のシータは俺の前、交差点の信号下に躍り出た。頭上およそ五メートルほどであろうか。彼女は遙か高くの信号機を指さす。
「段空式信号機は二千四十年の」
 おかしな信号にちょっとは興味を覚えた。彼女の説明を真剣に聞こうと思った。だが聞くことはできなかった。中途半端な解説文句は、ここで途絶えてしまったのだ。
 目の前で起こった事態はすぐには飲み込めなかった。低騒音の五十ホバーが一台、未来の女の子にぶつかったのだと、後になって理解した。ただその時は突然吹き飛ばされるシータと、自分とは反対側の歩道へ突っ込むホバーが爆発し、痛いほどの衝撃を肌で感じていたのだ。道ばたの銅像と化したように、俺はただ立ちつくしていた。
 人の叫び声が聞こえた。何台ものホバーが停止し、運転手がわらわらと顔を出し始めた。道路にはシータの頭と同じ色をした染みができていた。どんな前衛芸術家にも描けないような赤の曲線が延びて、その先にシータが道路に寝ていた。赤い髪と血が混じり合い、なんだかよく分からない姿をしている。助からないなんてことは、見れば分かった。
 もの凄く気分が悪い。それは不快な視覚による吐き気なんてものではない。シータは死んだ、それも目の前で。俺が信号になんか興味を示さなかったら、こんなことにはならなかった。この気分の悪さは、後悔か。いや違う! この世界における孤独感だ。シータが消えたら、俺はなにを拠り所にしたらいいというのだ。ここは三年後、確かに俺はそう信じていた。だがそれは所詮シータの言葉によるのだ。こんな世界俺は知らない。見たことのあるような、知らない世界だ。幻影に支配された夜の夢はちょうどこんな姿をしている。俺は夢を見ているのか。だとしたらこれは悪い夢だ!
 シータは人に取り囲まれていた。救急ホバーが駆けつけていた。人がそこで確実に死んだのだ。それでも俺は自分の中で膨らむ虚無に支配され、死に触れた恐怖、まして悲しさなんてものは感じなくなっていた。意識が次第に欠落していくような、どうにもとらえどころのない違和感が増幅していった。
 俺は一度自分のほほを殴った。しっかりしろ、これは夢ではない現実だ。
 幾分はっきりとしてきた意識の中、俺は足下に黒色の物体が落ちていることに気づいた。さっきまでそんなものはなかったと思う。近くには、爆発したホバーのフロントガラスが四散していた。
 それを拾い上げた。裏返すとホバーの免許証が入っていた。爆発した運転手のものだろう。可哀想に、この免許証の持ち主はもうこの世に存在しない。他人事のようにそう思った。
 いや、待て。なんだこれは! どこが他人事なものか。よく見ろ、この免許証を。名前、生年月日、そして写真。全ての情報が、この免許証が俺のものであることを示している。
 俺は、死んだのか。ホバーの爆発事故で。しかも時間旅行家を巻き込んでだ。
 違和感や胸騒ぎ、それらの正体がここに収束した。気づいた時、俺は駆けだしていた。
 阻止しなければ! ここは三年後の世界だ。ならばこの事故、いくらでも阻止できる。タイムマシンに向かって疾走した。ここに解決の糸口があるのだ。何とでもなる、いや何とかしなければならない。シータの命、さらには俺自身の命がかかっているのだから。
 乱暴にドアを開けマシンに乗り込んだ。運転席に座り込み、前方を見渡す。青白いディスプレイを除けば、見慣れた装置だった。ホバーの運転席とほとんど違わない。ハンドルがあり。ペダルがある。だが俺はホバーを動かしたことがない。どうやって動かせばいいのだ。シータは何か言ってなかったか。俺は高まる胸の鼓動を押さえ、冷静になろうと努めた。
 時間移動と空間移動は別々に行う。時間移動はボタン一つで……。そうだシータは言っていた。だとすれば、このハンドルやペダルは空間移動の装置なのか。俺は振るえる足に注意深く力を込めてペダルを踏んでみた。するとタイムマシンはほとんど音もなく前に進んだ。急いで別のペダルを踏む。すると止まった。
 ならば、時間移動はどうするのか。ディスプレイの光が目に入った。それを注視する。


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 中央部には少ないアルファベットと数字が示されていた。なるほどそういうことか。今になってシータの言ったことがわかった。動かすだけなら誰でもできるか。ディスプレイには指紋が付いていた。それにならって俺は人差し指を押しつける。
 意識の奔流、経験したことのない感触だった。指先から電流が流れ出るような感じがする。時々、爪の辺りにしびれを感じた。その先で画面の数字が踊った。定まらない値がランダムに表示されては消えていく。
 帰るんだ、三年前に。そう念じたら画面には二千三十八年の文字が表示された。その横で数字が回転し続けている。
 ポケットをまさぐり、クラシックな雰囲気の懐中時計を取り出す。祖父から譲り受けたものだった。その時計は午後一時二十九分で止まっていた。あの時の衝撃で止まったのだ。古い時計で好都合だった。これが大いに手がかりとなる。
 時計の文字を確認した俺の脳は、無意識にその時刻を情報としてマシンに与えたのだろう。画面には午後一時二十九分を表す文字が表示されていた。
 いや、違う! それではだめだ。事故を防がなければならない。そのために俺は昔の自分に会う必要がある。会って説得するのだ。ホバーには乗るなと。今の俺は免許なんて持っていない。だが免許を取ろうと思っていた。だが今は命がかかっているのだ。ホバーには乗ってはいけない。免許なんて取ってはいけない。少なくとも三年は。それを伝えなければ。
 画面に一時二十八分が示された。そうだ一分前がいい。その頃俺はコンビニから出て歩いている頃だろう。その自分に会って説得するんだ。
 意志は固まった。すると指先に静電気を受けたような感覚をしたと思えば、マシンは音を立てて動き出した。少し地面から浮き上がり、景色が高くなったと思えば、その景色も見えなくなった。
 焦りと恐怖がどっと訪れた。タイムマシンが動き出したという刹那の安堵がそれを喚起したのだ。この世のものとは思えない奇妙な景色が眼下に広がっていたが、それに見とれる心の余裕はなかった。灰色の世界がしばらく続いたと思えば、すぐに明るくなって、意識してそとを見た時にはすでにあの歩道に居た。
 これで三年前に戻ったというのか。それを画面で確かめるなんて愚かな行為はしなかった。見間違えるはずがない。コンビニ袋を下げた自分が、今まさに歩道を歩いているのだ。問題の一分前に到達したようだ。
 未来からの忠告、それをどう信じさせよう。いや、そんなことは問題ではない。説得の相手は俺だ。こんな奇妙なことがあるだろうか! だからこそ説得は用意であるのだ。未来からの忠告ではあるが、あそこに歩いている俺と、この俺は全く違いはしない。のんきに歩いている俺だって、同じ人間が現れたらただならぬことだと悟るだろう。
 細かいことを考える暇はなかった。何しろ時間がないのだ。あと数十秒で、歩道の俺は未来へさらわれてしまう。もう少し前の時間にしてもよかった。だが後悔しても始まらない。俺はマシンのドアを開け、歩道の俺に接近した。
 初めはのんびりと歩いていた歩道の自分は、汗を垂らして駆けてくる俺の姿を見て立ちすくんだ。その顔からは驚きを表にださないようつとめる様子がうかがえた。鏡に映る像が走ってくるのだ。仰天して然りである。
 相手は完全に立ち止まった。何か声をあげているようではあるが、聞こえない。混乱しているようだが、逃げないだけ好都合だ。距離はだんだんと近くなる。
 突然おかしな現象に見舞われた。走る感覚、苦しい息や汗、いつの間にかそれらが全く感じられなくなっているのだ。視界がぼやけていく。疲労しこのまま倒れてしまうのだろうか。いや、違う。倒れるものか。体がなければ倒れられないではないか! 黒に埋め尽くされる視界の、残された光に俺は自分の腕を、足を認めなかった。それらは空間から欠如したがごとく失われていて、四肢の感覚はすでになくなっていた。
 目の前ではもうひとりの自分が何事もなかったかのように歩いていた。自分の体、いやかつてそれがあった部分を通り抜けて、去ろうとしているのだ。待ってくれ! お前には言わなければならないことがある。だが、声が出ない。それを出すべきのどはもうないのだ。
 意識すらも失いつつあった。様々な記憶、そこにいる人の顔が浮かんでは消えた。子どもの頃の友人、家族、高校の教師、中学の悪友。何故か最後にシータが心に現れた。
 彼女は得意げに何かを喋っている。何を言っているのか音声は聞こえない。ただその身振り、口の動きは俺の記憶にあるシータの言葉とつながって、幻想のシータはこんなことを言った。
「一秒、いやいや一瞬でもずれてたら衝突はしなかったのよ」
 ああ、そうか。だから、俺はこうして消えていくのだ。路上の自分を、俺が駆け寄ることによって止めてしまった。シータのタイムマシンにぶつかる機会を逃してしまったのだ。最後にシータがそう教えてくれて、俺はすでに真っ暗になった世界の中、秘かな恍惚を感じた。そして、消えた。


 ◆


 一陣の風になびき、シタシタとコンビニ袋が独特の音を立てた。前を見ればホバーが高速で通り過ぎていた。しばらくその背に反射する太陽光が目に入り、しばらくしてそれも見えなくなった。
 ホバーは格好いい。ニューラテックスはポリエチレンの代用に過ぎない。だがホバーは石油枯渇が生んだ最高の新発明だ。車体は五十センチだけ地面より上にあり、空気循環、つまり風の力で浮いたまま進む。昔の人が想像した未来の車とはちょっと違うかもしれない。彼らが空飛ぶ車を未来に想像したならば、今俺の横を通り過ぎたホバーは空滑る車だ。なにもプロペラが回ったり、羽ばたいたりはしない。
 今時の男は大学在籍中に免許を取って当然。俺もあと一年でホバーの免許が取れる歳だ。ホバーの免許は二十歳で取ることができる。そしたらすぐにでも免許を取って乗り回そう。風を切って走り去ったホバーを見送り、俺はそんなことを心に決めた。


 


        完
  

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